禅僧の習慣を1ヶ月試した結果 -小さいけど、確かな変化(実践編)-

毎晩、息子に謝っていた。「今日も怒ってごめんね」と言いながら寝かしつけていた。

それが1ヶ月で変わった。

前回の記事で禅僧の感覚を日常に持ち込む実験を始めてから1ヶ月。当初の目標——「気づいているのがデフォルトの状態」——の答え合わせをしようと思っていたのだが、1ヶ月で起きた最大の変化は予想外のところにあった

息子のことだ。


息子がずっと機嫌悪かった理由を、自分は捉え違えていた

昨年末に引っ越して、保育園も変わった。新しい環境への適応に加えて、自分の方もAIにマインドシェアを奪われていたり、引っ越し後の変化で頭がいっぱいだった時期だ。

その頃から、息子がいつも機嫌が悪く、いたずらばかりしていた。引っ越し前は天使のようだった息子がだ。

「転園したストレスだろう」と思っていた。仲良しだった友達も先生にも会えず、環境も違う。全部変わって、それは仕方ないことだと。時間が経てば息子も慣れてくれると思っていた。でも1ヶ月経っても状況は変わらなかった。

自分も、それに対して怒ったり、見ないふりをしたりしていた。毎日のように「怒らせないでよ。パパだって怒ると後から悲しいんだよ」と言っていた。言いながら、自分で自分が嫌になっていた。どうして楽しい気持ちで寝かせてあげられないんだろう。後悔する日が毎日続いた。


息子は自分の心をそのまま映していた

前回の記事を書いた時間は、ある意味でセルフコーチングだった。書きながら「自分が気にしていること」が浮かび上がってきた。

その中に、息子との関わり方があった。

トリガーリストにも書いていた——「子どもに触れるとき、話しかけるとき。一番マインドフルでいたい相手なのに、オートパイロットになりやすい」と。

そこに気づいたとき、妙に腑に落ちた。息子とシンクした感覚というか。息子のストレスの原因は転園ではなく、自分だったのだ。

引っ越しのバタバタ、AI開発、Slackの通知——いろんなことに気を取られて、息子と話しているときも意識はどこか別のところにあった。目は見ているけど、見えていない。声は聞こえているけど、聴けていない。

息子は自分の心の状態を映す鏡だったのだ。


スマホを置いて、目を見て、話を聴く

大きな変化ではない。ただ一つだけ変えた。

息子と話すとき、スマホを置く。

目を見る。話を聴く。心に耳を傾ける。それだけだ。

禅のトリガーで言えば、「子どもに触れるとき、話しかけるとき」のタイミングで3呼吸意識する——その実践だ。特別なことは何もしていない。ただ「今ここにいる」を、息子との時間に当てはめてみただけだ。

禅とか関係なく、要はスマホを置いただけだ。


変化は初日だった

息子が目に見えて喜ぶわけじゃない。でも、なんとなくわかった。シンクしているから。

その日の夜、寝かしつけながら自然と出てきた。「今日も楽しかったね。ありがとう」と。内側から湧き出るような感覚だった。

もともと言いたかった言葉だ。でも「今日も怒ってごめんね」しか言えない日々が続いていた。

息子は優しく「うん」と返してくれた。それだけなのに、じわっときた。

自分は息子に、楽しく1日を終わらせてあげたかった。きっと息子も、パパに楽しく1日を終わってほしかったんだと思う。

続けるうちに確信に変わっていった。息子の機嫌が戻ったのではなく、自分が変わったのだ。


トリガーリストの中に、答えはあった

正直、1ヶ月で「気づいているのがデフォルト」の状態になれたかというと、まったくそうではない。忘れている時間の方が圧倒的に多い。

でも、一番大切な相手との時間にだけは、少しだけ「今ここにいる」ことができるようになった。

1ヶ月前に書いたトリガーリストの中に、ちゃんとその答えはあった。「子どもに触れるとき、話しかけるとき」——あのリストで一番重要だったのは、そこだったのかもしれない。

変わったのは、息子じゃなくて自分だった。

manulma @manulma

エンジニア/プロダクト開発/組織開発/コーチング。趣味はカメラとドライブと子育て